その「不幸」、雰囲気に騙されている?!

ほとんどの人が、自分の思い通りの道を歩めず、なんとか運命を変えたいと思っているのではないでしょうか。

それもそのはず。

この世はそういう風につくられているからです。

思い通りにいかないようにできていて、そのなかでも「幸せ」でいることを学んでいるのです。

それでも、できることは本当はたくさんあるんです。

落ち込まないといけない雰囲気に騙されないこと

子どものころ叱られると、「ごめんなさい」という表情をつくりませんでしたか?

叱られても笑っていると、「真剣な話をしているのになぜ笑うの!」とさらに怒られますよね。

病気の人がいると、「○○が風邪ひいているのに楽しそうにしないで!」とか、受験の人がいると、「××が勉強してるんだから静かにして!」ということもよくあるのではないでしょうか。

こうした経験を重ねると、幸せな気分を出せなくなってきますよね。

たとえば、将来に何か不安な要素があるだけで、「楽しんではいけない」「不安に備えて神妙にしておかなければいけない」というような意識が働きます。

「笑ってる場合じゃないでしょ!」という状況がずっと続くということです。

でも、それって実は間違いなんです。

人間は「幸せ」になるために生まれてきている

たいていの場合、「今、こんなに大変な状況なんだから、笑っている場合じゃないでしょ!」という感じ。

人に言われなくても、自分の潜在意識はそう思っていることが多いのです。

ところが、「大変な状況」というのは実はあたりまえのこと。

その「大変な状況」の中で「幸せ」になることを学んでいるからです。

むしろ、その大変な状況の中で、いかに笑っていられるかが試されているのです。

現実は、その大変な状況の中で笑っていると「悪者」扱いされることが多いです。

災害の中で笑っていると、「不謹慎だ」と言われますよね。

でも、災害の中、いつまでも辛そうな顔ばかりしていると、本当に不幸を拡大するばかりです。

その大変な状況の中で、いかに幸せでいるか。

それがこの世に生まれたわけなのです。

笑ってる場合です!

だから、どんな時でも笑っている方がいいのです。

不謹慎と言われても、どんなつらい状況でも、鼻歌が出てくるくらい呑気な方がいいのです。

その明るさが、明るい出来事を引き寄せてきます。

問題は、それほどつらいことでもないのに、自分で幸せになるのを自粛している場合が多いということ。

その方が「頑張っているように見える」し、「同情してもらいやすい」ということもあるかもしれません。

自分の失敗が原因で状況が悪くなったのに、笑ってなんかいられないという「罪悪感」もあるかもしれません。

その場合でも、大切なのはどうして状況が悪化したのかを突き止めて改善することであり、「不幸そう」にすることでも「落ち込んでいる」ように見せることでも「反省している」ように見せることでもないのです。

どんな状況でも「幸せ」でいること。それがこの世に生まれた意味。

「天の守護御霊」あめのもりみたまは、次のように語ってくれました。

あめのもりみたま
天上界には苦しみはない。

悲しみもない。

苦難も、困難もない。

不安も心配もない。

すべてが満たされていて、みんないつも幸せである。

そのような状況なら当然です。

しかし、この地上には、苦しみも、悲しみも、苦難も困難も、不安も心配もあり、「幸せ」でいるのは非常に難しい。

だからこそ、そのような環境の中でも「幸せ」でいることに意味があるのだ。

目の前の苦しみは、「用意」された「演出」であると知り、そのなかでも「幸せ」であれ。

幸せとは、「感謝」である。

与えられているものに感謝せよ。

それができる人は幸福であり、それができない人は残念ながら不幸である。

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