終活~本当にするべきことは?!

私が高齢者の方と関わるような仕事をはじめて、20年の歳月が流れました。

この間、いろいろな人に会い、その悩みを見てきました。

もちろん「健康」に関する悩みがもっとも多いといえます。

しかし、その根本にあるものは「不安」でした。

そしてこの「不安」は、真実を知らなければ、消えることのないものだと感じます。

他の人の迷惑になるくらいなら、元気なうちに死んでしまいたいという気持ち

「先生、もう1年ほどでいいから、誰にも迷惑をかけずに死にたい」

そういうことを、ほぼ100%言われます。

そういう人に限ってとてもお元気で、「あと15年は大丈夫ですよ」とお返事すると、嬉しいような、困ったような顔をされます。

人の世話になりたくない

子どもに迷惑かけたくない

そうした「不安」は誰にでもあるようです。

誰かのことを責める気持ち

人生は、やはりそれなりにいろいろあるものです。

誰もがそうです。

「主人は結婚してから一銭も入れてくれなかった」とか「退職金を全部だまし取られた」という話もよくききます。

「主人はお酒とギャンブルに溺れ、私が一人で子どもを育てた」というような話もあちこちで聞きます。

「嫁はほかに男をつくって出ていった」ということもあります。

その出来事は、焼き印のように心に残っていて、それを忘れることはできないようです。

年を取れば取るほど、そうした思い出に心を大きく揺らし、「許せない!」と相手を責め続けている人がたくさんいます。

その相手は、伴侶であったり、親であったり、姑であったり、子どもであったり、身近な人です。

本来愛すべき人を、責める心で一杯なのです。

生き甲斐がみつからない

のこりの人生、何をやっていいかわからない。

そうした人も多くいます。

何もやる気がしない。

どうしても心が満たされない。

なんのために生きてきたのかわからない

真実を知らないがために、のこりの人生をどう生きていいかがわからない人がほとんどなのです。

やがて来る死が怖い

真実を知らなければ、「死」は怖いものです。

何十年生きてきて、いろいろな経験をしてきても、死んだら何もかもが終わり、すべてがなくなるとするなら、それは恐怖以外の何物でもないでしょう。

それが確実に近づいてくるとなると、のこりの人生を穏やかに暮らすことなんて、ちょっとできたものではないかもしれません。

人生は「幸せ」でいることを義務付けられている

誰にも迷惑をかけたくない。

子どもに世話をかけたくない。

そういう気持ちは当然のことかも知れません。

ただ、そういう状況は必ずおとずれます。

あきらめてください。

それは、「その状況の中でもあなたは幸せでいれますか?」という神様からの問いかけなのです。

たいていの場合、人の世話を受けるようになると、思い通りにしてもらえないことに不平不満を感じます。

自分でできないことを嘆き、他の人を責めるようになるのです。

答えはそうではありません。

他の人の世話になることは「仕方のないこと」だとあきらめて、そのうえで心から感謝することです。

ありがたいと思うこと。

これが答えです。

甘え過ぎず、自分にできることはし、笑顔ややさしい言葉をかけて相手を和ませ、いつも感謝の心で相手に接すること。

これが答えです。

責める相手などいない

人は、苦しい環境や嫌な人、嫌な出来事に必ず出会います。

それを乗り越えたらさらなる苦しい環境やもっと嫌な人に出会います。

そうした劣悪な環境でも、幸せでいれるか、人にやさしくできるかを学んでいるからです。

あなたが責めるその人は、あなたがその最悪の環境でも幸せでいられるかどうか、他の人を幸せにできるかどうかを試してくれていたのです。

生き甲斐は、生きる意味を知れば自ずとわかる

私が23歳の時に臨死体験をし、あの世の世界で聞いてきた話があります。

それは、「人は、困難な環境の中で、幸せになり、人を幸せにするために生まれてきている」という法則です。

人は、幸せになり、周りの人を幸せにするために生まれてきているのです。

これが生まれてくる理由です。

生まれてくる前の天国では、最高の環境なので「不幸」になるのが難しいのです。

そのため、「不自由」なこの世に生まれ、困難な環境、嫌な人達、嫌な仕事、嫌な出来事の中で、「さぁ、幸せになれるかな?」と問われているのです。

「幸せ」とは「心から感謝ができること」です。

お金があればとか、家があればとか、健康であればとか、もっといい人と一緒になっていればとか、そんなことではないのです。

今あるものに感謝できる心。

それが幸せです。

そして、その困難な環境の中で、どれだけ相手を幸せにできるかを試されているのです。

のこりの人生でするべきことは、「今あるものに感謝すること」「一人でも多くの人を幸せにすること」なのです。

死は、人生の卒業 あの世は新学期

私は、23歳の時に自殺を試みて大事故にあい、三日三晩あの世をさまよっていました。

その間、天上界も地獄界もつぶさに見学し、守護霊「あめのもりみたま」より、人が生まれてくる理由を細かく聞いてきました。

天上の世界は素晴らしい世界です。

この世とは比べ物になりません。

すべてが満たされています。

すべてです。

不満も不安も何もありません。

天上の世界に帰れるなら、「死」は喜ぶべきものなのです!

問題は「地獄」へ堕ちる場合です。

「地獄」とは「不幸」な人が行くところです。

この世でも不幸だったのに、死んでも地獄へ行くなんて理不尽にも思えます。

でも、これは真実です。

天国が「不幸」な人ばかりだったら、そこは地獄です。

幸せな人が行くところが天国で、不幸な人が行くところが地獄です。

そして、「幸せ」は「感謝できること」

「感謝」は今すぐ、誰にでもできること。

だから、のこりの人生が数秒しかなくても、天国に還ることはできるのです。

もし、不幸な人生だったと思うなら、今すぐ幸せな気持ちに浸ってください。

己の心を悔い改め、あらゆるものに感謝することです。

今あるもの、今まで与えられてきたもの、人のやさしさ、そうしたものに感謝することです。

心配しなくてもすぐに会える

誰でも、必ず死を迎えます。

旦那様をさきに亡くされても、奥様を先に亡くされても、数年もしないうちにまた会うことができるのです。

何の心配もありません。

これは、卒業式でわんわん泣いてつらい別れをしたのに、数日後に進学した学校で会うようなもの。

あの世では意外とバツが悪かったりするんです。

「あんなに悲しかったのに、もう会えたね」とはにかみます。

のこりの人生するべきこと

①幸せでいること

幸せは「感謝」です。

今あるもの、今まで与えられてきたもの、人のやさしさや自然、すべてのものに感謝してください。

②人を幸せにすること

あなたのそばにいる人を責めるのではなく、幸せにしてあげましょう。

あなたが責めるその人は、本来あなたが幸せにするべき人だったのです。

反対のことをしてはいけません。

やさしい言葉をかけ、笑顔を贈り、優しく接しましょう。

自分だけが幸せになればいいのではない

注意点があります。

それは、堕落しないこと。

堕落はダメです。

そして、他の人を害さないこと。

例え迷惑をかけることになっても、甘え切って堕落してはいけません。

自分でできることは最後まで自分でやり、積極的に他の人を不幸にすることがあってはいけません。

①堕落しない

②他の人を害さない

まとめ

死は、人生の卒業式です。

喜ぶべきことです。

死んでからどこへ還るかを知りたければ、自分が幸せかどうかですぐにわかります。

幸せでない人は、幸せになりましょう。

幸せな人は、他の人も幸せにしましょう。

堕落しないこと、他の人を不幸にしないこと。

それが、死ぬまでにするべき一番大切なことです。

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