「働かざるもの食うべからず」の真の意味とは?!

「働かざるもの食うべからず」って聞いたことありますよね。

今聞くと、とても厳しい言葉に聞こえます。

実はこの言葉には、人がこの世に生まれてくる理由が隠されているのです。

また、思っているほど厳しい言葉ではなく、ありがたい言葉なのですよ。

ここでは、あめのもりみたまに、その真の意味を聞いてみたいと思います。

生きるとは、他のものの生命を奪うこと

毎日忙しく生活していると忘れがちですが、私たちは、常に他のものの生命によって自分の生命を維持しています。

豚や牛でなくても、レタスやジャガイモにも生命はあります

どれだけ屁理屈をこねても、ベジタリアンだって毎日生命を奪って生きているのです。

これがこの地上の法則です。

もし、世界を創った人がいて、天国も地上も地獄も創られたものなら、どうしてそんな仕組みにしたのでしょうか。

現に天国では、誰も生きるために奪うことなく暮らしているのに、どうしてこの地上ではそうした過酷な仕組みがあるのでしょうか。

誰の生命も奪わずに、死んでしまうことが正しいことなのでしょうか。

生命は、この地上に「幸せ」になるために生まれている

実は、あらゆる生命はこの地上に「幸せ」になるために生まれています。

自分が生きていくために、他のものの生命を奪わなくてはいられないような「過酷な世界」に生まれて、そこで「幸せ」になることを義務付けられているのです。

これは、「奪った生命の分の価値をこの地上に生み出せ」ということでもあります。

昨日食べたカレーライスの分だけ、今日「幸せ」を生み出すこと。

これが人がこの地上に生まれた理由なのです。

「堕落」と「不幸」が失敗のキーワード

では、どうすれば「私の人生は成功でした」といって死ねるのでしょうか。

それは、幸せな人生だったと心から思えることです。

生まれてから、死ぬまでに出会った人々に心から感謝ができることです。

そして、わずかでも「成長できた」と実感できる人生です。

それが成功の人生でしょう。

反対に、失敗の人生とは、「私の人生は嫌なことばかりで不幸な人生でした」と、生まれてから死ぬまでに出会った人々を呪うような人生です。

自らは堕落し、他人を不幸にしてきた人生

これこそ失敗の人生です。

感謝して「幸せ」という価値をこの地上の世界に生んでいく人生

出発点は「いただきます」という感謝の心

これがとても大切です。

そして、食べた以上に「幸せ」を世の中に生んでいくこと。

これは、「働かざるもの食うべからず」ということです。

働くとは価値を生むこと。

幸せを生むことです。

「幸せを生まないものは、生命を奪ってはいけない」

幸せは感謝。

幸せとは何でしょうか。

それは「感謝ができる」ということです。

同じ状態でも、感謝ができる人と不満を言う人はいます。

これは、環境や自分以外の何かが幸せをもたらすのではないということをよくあらわしています。

病気が治れば幸せ。

結婚出来れば幸せ。

合格すれば幸せ。

借金がなくなれば幸せ。

そうしたことではなく、幸せとはどんな状態でもあり得ることなのです。

病気であっても、家族が健康なのを感謝できるのは幸せでしょう。

結婚できなくても、ほかにいろいろなことが与えられているはずです。

合格できなくても、新たな道が拓けることはよくあります。

借金があっても、感謝できることはたくさんあるはずです。

むしろ、こうした感謝が、健康を引き寄せ、結婚を引き寄せ、合格を引き寄せ、お金を引き寄せるのです。

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