亡くなった人たちへ、私たちができること

今回の災害でも、現時点で4名の方がお亡くなりになったと聞いています。

なかには9歳の小学生がいたとのことで、胸が痛みます。

ただ、普通に考えて、この子たちが自分が死んだことに気づいているとはちょっと思えません。

まだ、自分が死んだことがわからず、この世をさまようことになるのではないかと心配しています。

現代では、ほとんどの人が、このように「自分が死んだことに気づかず、この世をさまよう」ということが起こっています。

その原因は、「死んだら何もかも終わりで意識があるわけがない」という発想です。

意識があるので、「死んだ」とは思えないのでしょう。

こうした方々に、私たちができることはあるのでしょうか。

生きている人の思いは、死者にはすべて通じている

死んでしまうと、生きている人間の考えていることは、すべてわかるようになります。

言葉が必要なのはこの地上の世界だけです。

死んでしまえば、テレパシーのようにすべてわかるようになります。

これが天国と地獄を分ける理由でもあります。

相手の思っていることが手に取るようにわかるので、気の合わない人とは一緒にいられないのです。

死んでしまったからといって「今だから言うけど、あいつのこと好きではなかった」などと話すと、それはすべて本人に伝わっているということです。

それどころか、心に思っているだけでも相手に伝わっているのです。

祈りは、死者を癒す最大の贈り物

「天国と地獄」という書籍をご存知でしょうか。

アラン・カルディックという人物が、死者と対話した内容を本にまとめたものです。

この内容は真実そのもので、ぜひ一読していただきたいと思います。

その中で、死者が祈りによって癒されるという描写が出てきます。

死んでしまった人に、花束を贈ることも、果物を贈ることもできません。

タバコやお酒を供えることはできても、それを実際にのむことはできません。

ただ、「思い」はダイレクトに伝わります。

「思い」はエネルギーで、死者に大きく影響するのです。

「○○さんが、まっすぐに天国に還れますように」

「○○さんのご冥福を心よりお祈りします」

こうした気持ちで、心から祈ると、それがエネルギーとなって魂に力を与えます。

それは、冷え切った身体に毛布を掛けてもらったような気分です。

まず、祈るべきことは「身体から抜け出せますように」

私は、知り合いが亡くなってお通夜に参加するときは、かならず祈ります。

「早いうちに身体から抜け出せますように」と強く祈ります。

「○○さん、あなたは亡くなりました。

まず、肉体から抜け出すことが一番大切なんですよ。

抜け出そうと強く思えば抜け出せますから、まずは肉体から抜け出てください。

その身体に執着してはいけません。

身体が焼かれる前に抜け出してくださいね。

もし、上手に抜け出せたら、なにか合図をしてくださるとうれしいです」

こうした感じです。

母方の祖母の葬式では、右腕をすごい力で後ろにひかれました。

父方の祖母の葬式では、持っていた数珠が突然切れました。

このように、確実に伝わります。

お迎えに素直についていくようにお祈りする

第一関門である、「身体から抜け出す」ということができたら、次は「お迎えに従ってあの世へ帰る」ことです。

これも、それほど難しくはないように思いますが、やはりこの世への未練で帰れない人がたくさんいるのですね。

お迎えは、原則として自分が知っている人の姿をしています。

先に亡くなった両親や友達、親戚、尊敬する人物。

もしくはイエス・キリストの姿をしていたり、阿弥陀如来の姿をしていたりすることもあります。

こうした方々がお迎えに来てくれますので、素直についていくことが大切

何事も自分の意思が優先されますので、「行きたくない」と頑なに拒否すると、おいていかれてしまいます。

それは、この世で幽霊になるということ。

それだけは絶対に避けないといけません。

幽霊になったら困ること

幽霊になってこの世に残ればいいじゃないかという人もいるかも知れません。

しかし、これは映画「destiny 鎌倉ものがたり」でもあったように、妖怪になるということです。

幽霊でいられるのはわずかな期間です。

その内に、自分のサイズもわからなくなり、異様に小さくなったり、大きくなったりします。

さらに、心に思っていることが形になってくるので、動物のような心でいると動物のような形になってきますし、人を恨んでいれば鬼のようになります

よく、心霊写真に写る幽霊の姿が、目がなかったり、異様に大きかったりするのはそのためです。

自分が幸せになること、周りの人を幸せにすることが最大の供養になる

亡くなった人にいつまでも思いを残してはいけません。

娘さんを亡くしたり、伴侶を亡くしたとあっては、辛い日々を送ることになるのは当然ですが、いつまでもそうであってはいけません。

その理由の一つは、その「思い」が、彼らをこの世にとどめてしまうからです。

それは、お互いに不幸です。

本人が帰りたくても、親や伴侶が「そばにいてほしい」といつまでも泣いていると、普通なら放っておけませんよね

天国に還ってからであれば、この世のことはほとんど気にならなくなるので大丈夫ですが、帰る前だと、気になって帰れなくなります

なので、「私も頑張るから、あの世で元気でいてね」という気持ちがとても大切なのです。

実際、死とは卒業式のようなもので、すぐにまた会うことができます

心配はいりません。

また、死んだ人が迷っていても、自分が幸せになることで、その幸せな心を贈ってあげることが重要です。

天国には「幸せ」な人しか行けないので、幸せなエネルギーを贈って幸せにしてあげることが重要なのです。

生きている私たちにできること

まずは、祈りです。

身体から抜け出せますように。

お迎えについて天国に帰れますように。

私のことは心配いらないので、天国で楽しくやってください。

こうした気持ちを贈ることがとても大切です。

さらに、自分が幸せになって、幸せな心を贈ること

他の人も幸せにして、どんどん幸せのエネルギーを大きくしていくこと。

これが亡くなった方々へ、生きている私たちができることです。

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