幸運な人生を引き寄せるのは「理想」

何をやってもうまくいかない。

歩けば転ぶ。

傘がなければ雨が降り、急いでいると道路が混む。

電車が遅れる。

出会う男はダメ男ばかり。

収入が増えると出費がかさみ、おいしいものを食べると身体を壊す。

大きな懸賞には当たったことがないし、列に並べば自分の前で売り切れる。

転職する先々でトラブルが起こり、肝心なところで失敗する。

いいよる男はストーカーになるし、気のある男は逃げていく。

「引き寄せの法則? そんなもの、自分の周りでは働いてないわ。ある意味私特別です」

そんな風に感じることってありませんか?

生まれてから今まで、暗いことばかりが続きすぎて、光がさすことがもう信じられない。

生まれてから今まで、ずっと光を夢見てきたのに、引き寄せなんかしなかった。

私には、引き寄せの法則なんかあてはまらないんだ!

これからもずっと暗い人生なんだ!

そう思いたい気持ち、本当によくわかります。

いったいどうやったら運が良くなるんでしょうかねぇ。

守護霊の存在を受け入れよ

たなは
私も、生まれてこの方懸賞というものに当たった覚えがありません。

宝くじも大きな金額はないですし、イベントのビンゴでも景品一つ当たったためしがありませんね。

ほかにも、鳥の糞なんかしょっちゅうですし、嫌というくらい運が悪いなぁと思います。

一体どうしたら運って良くなるんですかね。

あめのもりみたま
そんな話を聞いたら「この罰当たり者めが!」と叱らずにはおれませんね。

たなは
なにか悪いことをいいましたか?

あめのもりみたま
悪いことしか言ってませんよね。

そもそも運が悪いってどういうことですか?

あなたがたには、こうして一人ひとりに守護霊がついて、あなた方を毎日毎日守っているのですよ。

毎日無事に日常生活を送れている奇跡を、よく感謝することです。

たなは
それはよくわかっています。

それでも、不運だと感じている人は、自分は守護霊になんか守られていないんだと思っている人もいると思います。

自分には守護霊なんかいないんだと思っている人も多いのではないでしょうか。

あめのもりみたま
それはそうでしょう。

自分自身で守護霊を遠ざけているからですよ。

地上では本人の意思が最も優先されますから、本人が我々の存在に気づいていないとか、信じていないとか、拒否するようでは、我々は何もできず悲しい思いをしながら見ているだけなんですよ。

たなは
ということは、幸運というのは、守護霊の存在を受け入れることが非常に重要だということでしょうか。

あめのもりみたま
それはその通りですね。

守護霊というものが存在するということを受け入れ、信じ、感謝していれば、運は必ず良くなります。

これは今日の話の結論ですね。

幸運とはなにか?

たなは
私は受け入れて信じていますが、懸賞にも宝くじにも当たりません。

本当に運がよくなっているんでしょうか?

あめのもりみたま
宝くじに当たるのが幸運だというなら、それは守護霊には関係のないことです。

幸運とは、あなたがたが本来この地上で学ぶべきことをスムーズに学べるということです。

計画通り、取りこぼしなくきちんと学び、与えられた使命をきちんと果たし人生を終える。

これこそ「幸運」です。

今回の人生で学ぶべきことを学べず、それどころか退化して堕落してしまうような人生を「不運」といいます。

たなは
なるほど。

そういう定義でも、自分のことを不運と思っている人は変わらずあてはまりそうですね。

あめのもりみたま
そうですね。

自分自身を知る

たなは
どうすれば、学ぶべきことを学び、使命を果たして人生を終えることができますか?

あめのもりみたま
そのためには、まず自分を知らなければいけません。

たいていの人は、自分という人間の本質さえ考えることもないまま人生を終えてしまいます。

自分自身はいったいどういう人間なのか。

自分自身を知ることもなく、なんとなく一日の雑務に追われて、知らない間に寿命を迎えるのです。

それは「幸運な人生」とはいえません。

たなは
肯定的にとれば、ある意味で、「幸運な人生は自分で作れる」ということですね。

まずは自分自身を知るということですね?

あめのもりみたま
そうです。

自分自身の確かな部分

たなは
自分自身を知るというのは、簡単なようで非常に難しいと思います。

具体的にどうすればいいのですか?

あめのもりみたま
基本的には「われ思う。ゆえにわれあり」の精神です。

たなは

あめのもりみたま
自分の中で、知識や経験も含めて、「これだけは絶対」という部分を探していくということです。

お金や、名誉や、甘い誘惑に負けることなく、これだけは絶対自分だ!と思える部分です。

「お金をあげるから、それ変えて」とか、「名誉をあげるからそれ変えて」と言われて変えられる部分ではなく、誰になんといわれても、これは変えられないという部分です。

その部分を発見することからスタートです。

これにもいつものルールがあります。

それは自分を堕落させないもの。

かつ、他人を不幸にしないものであること。

たなは
やさしいとか勉強熱心とか正義感が強いとか、単純なものでいいんですか?

あめのもりみたま
単純なほどいいですよ。

そういった性格の面だけでなく、自分は今の仕事だけは絶対死ぬまで続けるとか、この趣味だけは絶対手放さないとか、そういうものでもいいです。

たなは
でも、そういのって、今は絶対と思っていても、変わっていくものじゃないですか?

あめのもりみたま
変わったらダメですか?

たなは
……ダメではないですね。

あめのもりみたま
ですよね。

もっというなら、人には言えないし、現実は不可能だと思っていても、どうしても捨てきれない夢とか、理想を持っているなら、それこそが自分自身です。

理想は実現するのがあたりまえ

たなは
その話は感動しました。

あめのもりみたま
自分自身を発見したら、それを実現する生き方をすることです。

現実とは、「できない言い訳」をするためにあるのではなくて、「どうすればできるか」を考えるためにあります。

たとえば、「人類がみんな幸せな世界を創りたい」という理想を持っていたとして、おそらくは一回きりの短い人生ではその理想は実現できないかもしれません。

それでも、人間は何回も生まれ変わっています。

これからも何回も生まれ変わります。

そのさきざきの人生で、理想を叶える日が来るかもしれません。

「人類がみんな幸せな世界を創りたい」という理想を持った人は、それ自体が自分ですから、いくらあきらめても、あきらめても、どこかで必ず残っているのです。

だって、それが自分の本体なんですから。

そして、その理想が叶うまで何度も何度も生まれ変わってくるのですよ。

今、自分が不運で不幸で、つまらない人生だと思っているのは、「理想が現実に負けている」からでしょう。

理想は現実に負けるためにあるのではないんです。

夢は夢見るためにあるんじゃないんです。

夢も理想も、実現するためにあるんです。

そして、その材料となるのが現実なんです。

お金がないからできない。

時間がないからできない。

もう大人だからできない。

できない理由は無限にあります。

それが現実です。

その現実の中で、どうやって理想を叶えるか、夢を叶えるか、自分らしくいきるかということが、人生の課題なのです。

運不運は、与えられるものではなく、現実に負けた人を不運と呼び、現実に勝った人を幸運と呼ぶのです。

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